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横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)1454号 判決 1985年10月31日

原告

三田康史

右訴訟代理人

松本義信

被告

石川三雄

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告は、「別紙物件目録記載の不動産に関する当裁判所昭和五八年(ケ)第一〇一四号競売事件において、原告が金一六四万六五一六円の配当金の交付請求権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

1  原告は、昭和五八年三月二日、被告に対し金三〇〇万円を弁済期同年六月二日の約定で貸渡すとともに、右債権を担保するため被告との間で被告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につき抵当権設定契約を締結し、同年三月四日付で本件不動産に抵当権設定仮登記を経由した。

2  本件不動産は当裁判所昭和五八年(ケ)第一〇一四号事件として競売に付されたが、原告は昭和六〇年四月までに被告から右貸付金のうち返済を受けたのは金一二一万四〇〇〇円にすぎず残金一七八万六〇〇〇円は支払を受けていなかつたので、右競売事件において債権の原因及び額を記載した書面を提出し配当要求をしたところ、原告に対し金一六四万六五一六円が配当されることになつた。

3  而して、右競売事件にかかる配当期日には、配当表に記載された原告の前記債権に対し他の債権者及び債務者たる被告から異議の申出はなく、その後も債権者、債務者らから原告に対する当該配当額及び原告の前記仮登記に関し何らの異議の申立はない。

4  然るに原告は競売不動産に対し仮登記しかなしておらなかつたため原告に対する前記配当金は供託されたが、本件不動産の競売により原告の前記仮登記は抹消され仮登記に基づいて本登記手続をすることができなくなつたので、原告は抵当権者として受くべき前記供託にかかる配当金の交付を受けることができない。

5  そこで原告はやむを得ず右供託にかかる配当金の交付を求めるため本訴に及んだ

と述べた。

二  被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。

理由

一被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因1、2の事実を自白したものとみなすべく、同3の事実は弁論の全趣旨によつて明らかなところである。

二右事実によれば、本件不動産競売手続においては執行裁判所作成の配当表に記載された原告の債権額につき他の債権者及び債務者(被告)らから異議の申出はないのであるから、債権者及び債務者らにおいて原告が本件不動産の競売代金から抵当権者として右配当表記載の金額を同表記載の順位により交付を受けることを承認しているものというべきである。しからば原告が債務者たる被告を相手方として右配当金の交付請求権を有することの確認を求める訴は、当事者間において争いのない権利関係について提起された訴の利益を欠く不適法なものといわなければならない。

三然るに原告が敢えて本訴を提起した理由は、執行裁判所の配当に関する取扱いに起因するようなので、この点について当裁判所の見解を明らかにしたい。

民事執行法(以下単に「法」という)九一条は、配当を受けるべき債権者の債権にかかる抵当権(法文では「先取特権等」とされているが本件は抵当権であるので以下「抵当権」とする)が仮登記されたものであるときには、裁判所書記官は、その配当等の額に相当する金銭を供託しなければならない、と定め、同法九二条は、右供託金についてその供託の事由が消滅したときは執行裁判所は配当を実施しなければならないと規定する。これらの規定は、法施行前において「仮登記の抵当権者にも配当すべきであるが、本登記を経ていないので直ちにその金額の交付をせず、民事訴訟法旧六三〇条三項の規定を類推して後日本登記をなし得る必要な条件を備えたときに交付する」との実務の取扱いを踏襲するかたちで明文化したものであるところから、法九二条にいう「供託事由が消滅したとき」とは「仮(ママ)登記をなし得る必要な条件を備えたとき」を意味するものと解釈されている向きもある。

しかしながら、配当期日において債権者、債務者ら(以下単に「債権者ら」という)が仮登記債権者の配当額に対し異議を申出、右仮登記債権者の債権、その担保権等を争う場合には配当異議の訴が提起されることになり(法八九条、九〇条)、この訴が提起されたときは法九一条七号により右配当額等に相当する金銭は供託されることになるから、この場合の供託事由の消滅とは配当異議訴訟での仮登記債権者の勝訴判決の確定であり、仮に右の場合の供託事由が法九一条五号及び七号の競合であるとしても供託事由の消滅としては右確定判決以外に特に必要とされるものはない。したがつて専ら同条五号によつて供託がなされるのは、配当期日において仮登記債権者に対する配当に関し債権者らが異議を申出ない場合であるが、この場合は供託事由が仮登記債権者なるが故に直ちに配当できないということであるから「供託事由が消滅したとき」とはまさに仮登記債権者か本登記債権者と同等に扱つてよい状態となつたときに外ならず、これは法施行前にいわれていた「本登記をなし得る必要な条件を備えたとき」に該るということができる。

そこですすんで仮登記債権者が目的不動産の競売後「本登記をなし得る必要な条件を備えるとき」があり得るか否かについて考えるに、まず仮登記債権者のうち債務者との間で未だ抵当権設定契約が締結されず抵当権設定契約の予約がなされたにすぎない段階すなわち抵当権設定請求権を有するにすぎない段階にある場合においては、目的不動産が競売されたことにより右請求権は消滅する(仮登記は抹消され、債務者に対し債務不履行を原因とする損害賠償請求権を取得する)ので債務者に対し本登記請求をなすに由なく、したがつて配当期日後において右仮登記債権者が本登記をなし得る必要な条件を具備するに至ることはあり得ないものであり、また、仮登記債権者のうち本件のように仮登記債権者が仮登記の時点で既に抵当権を有する場合(抵当権設定契約を締結しながら本登記手続をせず仮登記をした場合であつて、登録免許税の関係でこのような方法をとる例が多い)においては、配当期日以前に既に本登記をするに必要な実体上の要件は具備しているのであるから配当期日後において右要件を具備するということはあり得ないことであり、仮に手続上の要件が具備していなかつた(不動産登記法二条一号)としても、目的不動産が競売されたことにより抵当権は債務者に対する損害賠償請求権に転換し、もはやその後においては抵当権設定の本登記に必要な手続上の条件を具備するなどということは起り得ないのである。そうであれば、配当期日に仮登記債権者の債権又は配当の額について債権者らから異議の申出がない場合において、仮登記債権者であることを原因として供託(法九一条五号)すれば、後に右供託金を取戻し仮登記債権者に配当するすべがなくなつてしまうことになるのである。そのため実務においては後順位債権者の同意、後順位債権者がいないときは債務者の同意、本登記手続を命ずる判決、優先的債権の存在確認判決、本件の如き配当金交付請求権の帰属確認判決等を以つて供託事由の消滅として扱う例もあるようである。しかし先の配当期日に異議の申出をしなかつた債権者らの同意書面を配当期日後に改めて提出せしめても供託後に新たに供託の消滅事由が生じたものということはできないし、さらにまた仮登記債権者と他の債権者らとの間において仮登記債権者に対する配当金につき争いがない以上債務者を相手方として優先債権ないしは配当金交付請求権の帰属の確認の訴を提起させたところで(訴の利益は措くとして)相手方は準備書面を提出しないで口頭弁論期日を欠席するか、期日に出頭しても事実及び権利関係を争わず、したがつて判決は、仮登記債権者の権利関係について裁判所の実質的判断を欠くものとなるので、特にこれらを供託事由の消滅として取扱う法律上の意義は認め難いものとなつてしまうのである(なお、抵当権設定登記手続を求める訴は、競売により抵当権が消滅するので許されないことは改めて説明するまでもない)。

そこで翻つて法の趣旨を推し量るに、法は前述のとおり仮登記債権者に対する配当金は供託すべきものとはしているが、結局は仮登記債権者に対しては本登記を経ることなく配当することを承認しているのであるから、その限りにおいては仮登記に本登記と同様の対抗力を認めたものと解し得べく、したがつて本来ならば配当期日に異議の申出がなければ仮登記債権者に対しても直ちに配当すべき筋合ではあるが、民法上においては対抗力を有しない者に対する配当として慎重を期し、一旦は供託のうえ仮登記債権者の債権、抵当権等の存在につき争いのないことを再度確認したうえ配当すべきものとしたものと解されるから、「供託事由の消滅」についてはこの趣旨に則り決められなければならないところである。

よつて当裁判所は、配当期日において異議の申出のなかつた仮登記債権者に対しては、その配当に充つべき金銭を供託したうえ他の債権者らに対し相当の期間(かなり短期間でよい)を定め仮登記債権者の債権及び抵当権等につきこれを承認できない者は申出るよう催告し、右趣旨の申出がない場合には、右期間の経過により供託事由が消滅したものとして右供託金を取戻し仮登記債権者に配当すべきものとし、右期間内に債権者らから仮登記債権者の債権、抵当権等につき争う趣旨の申出があれば仮登記債権者から右申出人債権者らを相手取つて、仮登記債権者が前記供託金を受領し得る権利のあることの確認を求める訴(その形態はいろいろ考えられる)を提起させ、原告勝訴の判決が確定した場合に供託事由が消滅したものとして扱うべきであると考える。

四以上説示のとおり、当裁判所は民訴法の原理に則り、本件訴は訴訟要件を欠く不適法なものとして却下すべきものと判断する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官山野井勇作 裁判官小池喜彦)

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